この年齢になると、いろんなことがきっかけで記憶が蘇ってくることがあります。
遠い記憶は紐づいている
おひとりさま旅に行くようになったのは
50歳になってからだと、ずっと思っていました。
そのルーツが遠い昔にあったことをごく最近、思い出しました。
まだ、いたいけな(苦笑)女子中学生だったころ
祖母の用事で遠い親戚を尋ねる途中で立ち寄ったマクドナルド
そこで1人でビックマックを食べてるとき
隣の女子高生グループからかなり驚かれた記憶があります。www.chotto-siesta.com
当時、女子中学生が1人で遠方に行くのもですが
マクドナルドで、ましてや一人で食べてるのが珍しかったかもしれない。
昭和55年前後です。。。
でも記憶をたどっていくと、さらに昔
一人で飛行機に乗った記憶が蘇ってきました(@_@)
大阪と長崎を行き来する

先日、父母が若いと驚かれましたが
結婚を反対された母が父のもとに駆け落ちして生まれた子なので
わたしが生まれた時、母と父は20歳。
でもすぐに失敗だったと気がつく母(汗)
これ以上の若気の至りはない・・・
で、わたしもシングル家庭でした。
小学2年のとき、諸事情で祖母とわたしは長崎に住むことになりましたが
当時シングルマザーが働くところは長崎には少なく
仕事もあって母は大阪、離れた生活をしていました。
なので時々、母が大阪から会いに来てくれました。
当時の大阪~長崎間は寝台特急か飛行機(だったと思う)
そして小学4年生(たぶん)の時
逆にわたしが一人で長崎から大阪に行くことになったのです。
超VIP待遇でした
可愛い子に旅をさせよという理由なのか
単に子ども料金が安かったからなのか
でも、その時の超VIP待遇は忘れません(あ、忘れてたけど…)
長崎空港で「よろしくお願いします」と祖母から全日空の職員さんに引き渡され
普通の搭乗ロビーでなく、特別な部屋で待った記憶があります。
そして乗客の中で一番最後に搭乗しました。
座った席はスチュワーデスさん(当時の呼び方)が座る目の前。
そこからジュースやら何やら、ずっと気にかけていただき
全日空のグッズをたくさんもらったっけ。
当時まだ長崎~大阪間は3時間弱かかっていたはず。
そして、大阪(伊丹空港)に着いた時も、しっかり職員さんに付き添われ
迎えに来た母にがっちり引き渡されました。
人生であれほど超VIP待遇だったこともない。
50年前、一人で乗った飛行機での長崎から大阪へのVIP待遇
パブロフの犬ばりに「一人」って事に
いいイメージがついたのかもしれない。
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